好きなのは尹子維!

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不安定な視界、過敏な耳、震える心 第一章

 私が住んでいたM県は地震が多いところだった。
目の前が海という事もあって、地震には住民みな敏感で特に津波には神経を使っていた。
小学校高学年の頃、丁度手芸クラブなんぞに入り、元から細々とした物を作るのが好きな私は、フェルトなんかを使ってマスコット作りにいそしんでいた。
最初は母が買ってくれた、かわいいマスコットの作り方の本を元に女の子や星座のマスコットをいくつもいくつも飽きずに作っていた。
 ある日、自分の頭に閃いたキャラクタを作ってみようと思った。何のことはない、児童書の挿絵によく出てくるようなかわいいお化けのマスコットである。
もう、いくつも作っていたのでちゃかちゃかと体を作って目を入れたら、ぐらぐらと震度3,4くらいの地震が。うわ、これは津波来るかな?と家族で地震速報を見ていましたが、その時は津波注意報は出ませんでした。
何度もいいますが、M県は地震の多い県です。
年に2,3度地震があるなんてざらです。
だから、何の気なしにお化けのマスコットを作るたびに地震があっても、それはきっと偶然に違いないと3度目までは思っていました。そんなに大きい地震じゃなかったから深く考えてなかったというのもあります。でも、さすがに気味悪くなったのでしばらくマスコット作るのはやめようと、そのころ気になりだしていたクロスステッチの刺繍のミニクッション作りに懲りだしました。
4,5個立て続けに同じモチーフの色違いでミニクッションを作って満足しました。
この期間、どれ位あったんでしょうね、多分3ヶ月以上は空いていたと思います。
クロスステッチの材料もそこを尽き、なんか他に作れるものないかな?と材料をあさっていると、マスコット、それも毛糸とかは殆どなくなっていたのでお化けのマスコット位しか作れないなあ。
と、地震のことなんか忘れて作り始めました。水色のフェルト地に大きな一つ目、裂けたように大きな口から下をべろんと出し、少しおどけた感じのお化けです。ぜんぜんおどろおどろしいキャラクタじゃありません。久々に作って、おお、結構可愛くてできたじゃんと満足。
針箱や材料を片付けて、お父さんと一緒におやつを食べてたら、ぐらぐらぐらぐら!!!
結構でかい!母親は走ってガスの元栓を閉めに、父親はとっさに一階の店に降りていきました。本棚からは少年少女文学全集がすべて落ち、一階のお店の方からは、壜が落ちて割れる音が。炬燵の上では、湯飲み茶碗に入っていたお茶がこぼれていました。
「結構大きかったね、お店大丈夫?」母親に言うと「片付けてこないとね、だいぶ割れちゃったみたいだね」
「津波はどうなんだろう?NHKにしとくね。」
と、NHKをつけるとしばらくして地震情報が発表されました。
M県沿岸に津波警報が、そしてこの日は大潮と重なっていたので結構大騒ぎに。
一応金庫や重要書類などは、二階に上げておこうとなり下からお店の人たちが荷物を運びあげたりしました。
結局は、10-20センチくらいの浸水というか波が少し上がってきた程度で済みました。

別に何も怖い思いや予感がした訳じゃないのに、何か同じ事をする度に地震がおきるのがすごく不思議でした。でも、今同じ事をしてもきっと地震はおきないんだろうな。

そして、この年にあった悲しい出来事は一緒に暮らしていた祖母が長患いの末亡くなったことです。再生不良性貧血という病名で「いろんな人から輸血してもらって、まるで吸血鬼のようだ」と自分の事を言っていたのが記憶に残っています。
ただ祖母は病院にいた期間が長く、妹の時のように家の中に居てその記憶の残滓が視覚の隅を横切ることは殆どありませんでした。考えると、私の視界の隅に見えるのは心の底に溜まったまま流れない記憶の淀みなのかな?
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by tyrano | 2007-03-06 20:46 | 色々